【裏】YouTubeチャンネル、始動 
コラム

あわよか、はじめます。

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このページでは『願えば叶う』を、
当たり前の“日常”にする、、、
その生き方論をまとめています。

なお、学びを深めるために
こちらのページも併せてどうぞ。

個別配信の専用教材も用意して、
『可能性は広がる』と、
誰もが感じられる、その場を
作っているつもりです。

きっと、自分の人生の
『救い方』が見えてくると思います。
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どうも、赤原です。

ここ数年温めていたアイディアがあります。

 

それは、生きるって何なのかを、

自分らしさって何なのか、を、

自分の強みって、何なのかを、学べる。

そんな何かをしたいということです。

 

巷を見渡すと、

「社会的意義があるっぽい」ことをしている人は、

「生き方論的なナニカ」をしている人は、

たくさんいます。

彼らは、社会貢献事業を語り、リベラルアーツを語り、こだわりを語り、いろんなビジネスを展開します。

あとは、知力をとにかくあげて、物事の分析力をあげて「上手く生きよう」とする。そんな感じ。。。

 

でも、、、個人的には『理解はするけど、

心躍らないな」と感じていました。

 

なぜなら、社会問題を社会問題として、

こだわりをこだわりとする、

その時点で『自分の限界がある』ことから

目を逸らしているのと同義だからです。

 

確かに、各種社会問題には、原因と結果があります。

それがゆえに、知力を上げたら、一見するとその「解決」に進む。。。そんな見え方をする人がいるのも理解はできます。

でも、、、本当に?と、考えて欲しいのです。

なぜなら、そもそも論として、リスクマネジメントや、ヒヤリハットと同じように、1つの社会問題には、いろんな問題が付随しているからです。

それこそ、保育園の待機児童問題で言うと、保育園を増やしたら社会問題は解決しそうに見えるかもしれません。でも、園の経営だってあるわけで、また、そもそもの国家の予算の使い方だってあるわけで、

さらに言うと、子どもを預けてダブルワークをしたからと「それが幸せに繋がる」わけではないからです。

それこそ、ブログ、アフィリエイト、YouTuber、いろんなお金稼ぎが溢れていますが、お金を稼げたからと「それが幸せに繋がる」わけではないからです。

 

あるのは「目の前の壁っぽい、

一番感じている痛みから、遠のくことだけ」。

 

それが、社会的意義か、、と、言われると『その思考、理解できるけど、ある種、カッコ悪くない?』と、ぼくは思うわけです。

もはや、言う方も、周りに群がる人たちも、揃いも揃って大の大人が「自分の見たくないところに、蓋をしてる」だけ。

それが、社会的意義だ!と言う方も、カッコ悪いし、それで「ああそうだ!」と納得する方もまた、カッコ悪い。そう、思います。

 

だから、ぼくが考えてきたのは

「全部を一気に解決すること」でした。

 

そこで描いたのは「手を抜かない道」です。

例えば、ぼくも、たまに農家さんのコンサルとかをやったりしますが、

そこでずっと言ってるのは『集客から販売、そして、次の一手まで、必要なことを『全部自分でやろう』と、言うことです。

 

生きているだけでも、悲しきことの多いこのご時世。

生産物を頑張って作るのも大変なのは知っています。

でも、だからこそ、「0から100まで自分たちで創る」ことに意義があるんだよ、と、話してるわけです。

なぜなら、そこに意識を向けることで、日々気づける「改善点」の幅が爆増するからです。

例えば「今の体制」だから厳しい。だったら、それが叶う「背中を預けられる仲間」が集まってしまう状況を作ったら良いじゃん。とかね。

それが、個人的には『願えば叶うを、当たり前』にするための道だと思っています。なお願えば叶うの道は、こちらから感じてもらえるはずです。

今の日常を生きるだけでも大変。それは、

そのとおりでしょう。

でも、それを言っててもしょうがないじゃん。

だって、そもそも、その思考って

「救いを求めているだけ」だからです。

 

ここを見れるかどうか。なんですよね。

 

だって、今気になっていることが解消しても

「不安が1つ減るだけで、幸せには、、、ならない」から。

 

だから、ぼくは周りに「全部背負おうよ」と話してるのです。

そもそも「自分がこだわりたい・自分が力を入れたい・今、これが気になっている」というその思考全ては「自分が逃げたい」と思っている、そのナニカから蓋をしているだけの可能性があるからです。

その1つが、ぼくは「仲間」だと思っています。

言い換えると、自分が日常生活で、誰と共にいるか、ですね。

 

例えば、農作物にこだわりたい。

この気持ちが『100%の純度』で本気だとしましょう。

 

で、ほんとに、これが『本気』だとしたら、

販売であり「農作物の枠を超えたその先」まで

「こだわってしまう」ことまでやって『普通』。

ぼくは、そんな視点もあると思うんです。

 

例えば、こちらの動画を見てください。

なお、見てない人のためにざっと書くと、

・魚が食材になる瞬間は切ないけど、でも、大事な時間
・数年前に自然栽培の産直アプリを作ろうとして、完成間近だったけど捨てた理由

などを語っています。

子育て中のお母さん、学校の先生、起業家、、、いろんな人たちに見て欲しい動画です。

 

なかなか理解されない観点ですが、

ぜひ理解して欲しい考え方があります。

 

それは『自分が力を入れていることに「だけ」力を割くことは、

ある種の「自分の見える世界の固定」と同義だ』という考え方です。

 

なぜなら、それが『思いが届く』ことの設計だからです。

農作物を届けたら、お金は入ってくる。

 

でも、想いを届ける設計が正しくできたら、

そこには「人の輪」ができます。

だったら、どっちが未来は広がるでしょうか。

 

言い方を変えましょう。

人もお金も得られる展開と、

お金しか得られない展開と。

どっちが良いでしょうか。

 

これは、ぼくたち「個人」にも通じます。

 

そこを考えることなき『目の前のことを頑張る』思考は、

ほんとに自分が大事にしたい気持ちなのかな?

 

と、、、、、残酷ですが、その

「大変だけど目を逸らさない方がいいモノ」を、

ぼくは周りの人に問いているわけです。

 

繰り返します。ぼくらも、全く同じなんです。

日常生活、いろんな面で、ぼくらは何かしら幸せを目指しながら生きているはず。

でも、それは、ほんとに「幸せ」に繋がっているの?と、一考する価値はあると思うんです。

そして、それは、周りの人との空気感であり、空間も同じです。

未来を向く時、どれだけ腹を割って、

どれだけ熱量を共にできる「仲間」がいるか。

お互いの未来に向けて「こっちが最高でしょ」と、

そんな価値観のすり合わせを、どれだけの熱量でできるのか。

これで『幸せの総量』は変わると、ぼくは思います。

 

で、その「腹を割って話す」行為を、

『気づいたらしてしまっていた』、

そんな「仲間」がどれだけいるか。

それこそが、ぼくらの幸せとも当然直結するわけです。

 

いいでしょうか。

 

ちなみに、教育系とか、心理学に興味がある人たちの多くは、

この思考を『頭で』理解して「できた」気になります。

 

で、巷のブログとかを見てもらうとわかりますが、

結局のところ「価値観の主張」という名での、

他者批判をして終わり、だったり、

ウンチクだけを並べて、自分の主張に変えた、

そんな「机上の話」しかないです。

 

今、ぼくが話しているのは

「その次元」を卒業しよう。ってことです。

 

だから、考えて欲しいことは、「本物とは、何か」「自分の道とは、何か。」です。

言い換えると「今、やっていることは、ほんとに自分の幸せに直結しているのか」ということです。

一見、これらは「めんどくさい」ことのように感じると思います。でも、、、意義があることでもあるんです。

なぜなら、そこに答えを出した先しか、『誰にだって胸を張れる未来』への道には進めないからです。

 

だから、そこには、自分の「本心」を

真っ直ぐ診る(みる)ことが大事です。

 

そして、そこには知力とか小賢しい知恵は

無用の長物になることの方が高いのです。

 

なぜなら、万理の原則にも近しいことを自分が頭で理解しに行こうとすることで「自分の弱さから目を逸らす口実を作ること」になる可能性の方が高いからです。

だからこそ、難しく感じるかもしれないけど、避けたら勿体無いんじゃねと。

そう考えたとき、思考に負担がかかるのは承知の上ですが「全部背負う」ってめちゃくちゃ大事だと、ぼくは思っているよ。ってことでした。

 

「頑張ってることから、目を逸らすこと」であり、

「こだわりたいポイントから目を逸らす」ことであり、

「日常全てをフラットに見据える」ことって、自分の軸の傾きを正すために、外せないポイントだなと思っています。

 

起業家がビジネスをやり、

スピリチュアルの人が、セラピー力の特化をしたり、

歌手がボイトレをしたり、、、

これらの「スキル向上」は、一見すると「欠かせないこと」のようにも見えます。

 

しかし、個人的には、上記の理由により、

スキル、能力の向上は

「一概に良いものではない」と思うのです。

 

「人生における、盲目への道」にもなりうる、、

とすら思うくらいです。

 

これは、お金稼ぎとかセラピーとかに限った話ではないです。

それこそ、ボイトレ、音楽、

絵画、ダンス、料理、片付け、

カウンセリング、、、

世の中にある「全事象」が対象です。

なぜなら、好きであり、得意というのは相対的で、

結局のところ自分が嫌だなー、目を逸らしたいなーと思うことから、目を背けるための口実である可能性は、否定できないからです。

つまり、こう言う事です。

       

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ある種の「人間的成長」、、、

言い換えると、人としての器を広げるために、

ホメオスタシスが発動する対象へのチャレンジを放棄しようとした時、

ぼくらは「目の前にあるナニカ」を好きだ、得意だ、と認識する可能性がある。。。

このことを、直視して欲しいなと。

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これを理解しない人が、

孤高に生きることを、カッコいいと言ったり、

人に理解されず滅びに向かう姿を、カッコいいと言ったりします。

そんな人たちが、生き方のロックを気取ったりもします。

それこそ、アート、現代芸術、リベラルアーツとかを志す人の中にちらほら見える考え方ですね。

 

でも、視点を変えると、

・学歴

・就職

・目先の習い事

・恋愛

に、だって価値があるし、と、思い、

今、ぼくの話を「お金を得たら、人生がジャンプアップしたら、その先ね」と思うこともまたホメオスタシスだし、自分の人間的成長を放棄しているよ、と、感じて欲しいのです。

 

ただ、恋愛とかの価値もそれそれで理解できなくもなんですが、

「相手」だよね。と。

でも『せっかく「恋愛する」んなら、徹底しようぜ』とも思うのです。

自分の「保身」に走るから、お試し期間とかの口実を用意して、

なるべく自分が傷つかないように、傷つかないように、、、と走るわけですが、

そもそも、それこそが『願えば叶うから逃げる』思考だからです。

 

結局、全ての出会いには「質」があるからです。

出会いに意味があるとかないとか論じるのは、質が一定行った先の話なんだと、個人的には思います。

こちらのページで詳しくは話しているので割愛しますが、ちょっとだけ引用すると、

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離婚原因とか、仲違いの原因ってなんなのか、、、

それは、多くの場合『価値観のずれ』ですよね。

 

それが起きてしまうのは、事前に『人生全体』としての

すり合わせをしていないから、ですよね。

 

ぼくが言っているのは、その痛みが発生する前から、

対策、考えておかなくていい?

 

むしろ、対策を対策と捉えるから、

視野・視点が低いわけで、

 

これらを「当たり前」とやった先にこそ、

自分の人生の限界と、正しく向き合えるよね。

ってだけです。

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と、ここに尽きるかなと。

こちらについては、オンライン寺子屋として、メルマガを日々お届けします。

 

オンライン寺子屋(メルマガ)は、なぜ作ったのかというと、今まで書いてきたことも、理解はできる。価値もわかる。ただ、、、何から手をつけたらいいかわからないそんな人が多いからです。

そこまで理解したら「“願えば叶う”は、当たり前に」なる、そこまであと少しなのに、そこで足を止める人が、あまりにも多い現状を、いっぱい見てきたので、今回、無料の学舎としてオンライン寺子屋(メルマガ)を作りました。

毎日ステップ式でお届けし、動画教材、文書教材、オンライン寺子屋限定の特典、いろんなもの通して、1つ1つ理解を底上げしていきます。

 

内容としても、日本の最高峰大学の首席の人(実際の知人)の落とし穴の話など、結構レアな話を盛り込んでます。

先ほども書いたとおり、オンライン寺子屋(メルマガ)だけの特典として有料で配布している教材を無料でお届けしたり、動画教材もしっかり用意しながら、初心者の人にもわかりやすくまとめたつもりです。

→ オンライン寺子屋(メルマガ)への出席登録は、こちらから。

【 注意 】オンライン寺子屋(メルマガ)では最初の1通目で、特典を3つほどお届けします。確実に確認してください

 

オンライン寺子屋(メルマガ)について詳しく語ったのは、こちらから

 

でも、、、これだけで、ぼくの思いが伝わるかというと「そうではない」のもまた事実です。

おそらくですが、このページを、ここまで見るひとは、なんらかしらの事業をしたり、ビジネス・起業をしている人、教育者、、、はたまた、未来に希望を感じれない学生さん、そんな人たちが多いと思います。

だから、「自分の想いの届け方」としても、ぜひ見て欲しいんです。

 

 

想いは、届けるのではなく、届く設計こそが大事

 

まず、ぼくが一番力を入れているのはオンライン寺子屋(メルマガ)です。

これは、紛れもない事実です。

でも、、、これだと、日本人全体に届かない。それもまた、事実なのです。

 

例えば、先ほどオンライン寺子屋の案内をしましたが、何人の人が登録したのか、、と言うとまた話は別だからです。

もっとも、内容としては、タイトルを一部抜粋すると、

・「イヤラシイお話し。『あげ〇ん、さげ〇ん』理論」

・「知性と人間性論」

・「人生の最高教育機関」とは。

・「ツイテル・ハピハピ」と「日本〇ね」論

・「札束の山より腹筋崩壊の友のススメ」

こんな感じで、変なタイトルばかりですが、ただ、かなりレアな話が並んでいます。

 

でも、それだとしても、遡って登録しに行くか、と言うと『否』でしょう。

なぜなら、人は『頑張りたくない』からです。

哲学を生きる力として受け入れる。これは、間違いなく大事なことです。

でも、人によっては、そこから目を逸らそうとする人もいる。

 

と、いうか、世界がそこから目を逸らすのを「普通」である以上、多くの人は「逸らす」。

だから「人には期待しない」となるわけです。

 

とはいえ、ぼくも聖人じゃないので、

ちょっとぶっちゃけトークしますね。

 

ちなみに、ここで注意して欲しいのは、今、「人には期待しない」と書いたのは「万人を大事にしよう」と言いたいわけではない。ってことです。

なぜかって、言い方悪いですが『思考が雑魚い人は、いつまでたってクソ雑魚の人生を送って、周りに寄生した生き方しかしない』からです。

1度しかない人生。『心底関わりたいって人と連む。』のは、基礎中の基礎です。

想いも「届けたい人に届く」のは、基礎中の基礎です。

 

ただし。。。思いが「届くように届ける」のは、ぼくらの仕事だよね、とも思うのです。

それが『雑』だから、残念ながら「人には期待しない」が「前提」での世界だから『悲しみの多き世界』が出来上がっているわけです。

 

それが、ぼくの場合で言ったら「オンライン寺子屋」は、みんなに手に取られるわけではないってことを、受け入れた「先」に、何をするのか。。。そこについての視点です。

それが、ぼくの場合は「YouTubeチャンネル」でした。

 

哲学を哲学としたら、この瞬間から人生は動く。それは事実です。

でも、精神的負荷から逃げる人もいる。

だったら、、、エンタメで届けよう。エンタメなら、時間をかけていったら、少しずつでも広がるはず。そう思って作ったのが「淡路島よかろーもん(略して“あわよか”)」です。

その名前で、ぼくは、いろんなことをやっています。

 

どんなに文章で「社会問題を社会問題と捉えない」と伝えても、

でも、ぼくの想いは「受け取る側」の人の視点で変わります。

であれば、、、

 

なるべく動画で、エンタメで、『楽しみながら、哲学が学べる』そんな場を作ろうと。

そしたら、その場はきっと、ぼくがこの世界に描ける魔法になる。と、信じて。

 

ちょっと中二病みたいな表現(笑)ですが、結構深い理由があります。

仮面ラ〇ダーも、ウルトラ〇ンも、戦隊モノも、いろんなヒーローは、決して妥協しないし、できる範囲内でやったらいいじゃん、的なことは言わないわけです。

どんな難局でも、目の光を失わず前をむき続けるから、ヒーローはヒーローで在れる。

 

とはいえ、この世界にヒーローはいない。。。

多くの人は、救いをただ求め続け、ヒーローの言葉も忘れてしまい、ただ目の前のことだけで一喜一憂してしまう日々。

そこに、光を届けれるとしたら、、、

ぼくが考え続けた『楽しみながら、哲学が学べる』って、まさにその光になると思うんです。

 

なぜなら、哲学を体現できると、

『本物』とは、何かがわかり、『自分の道』とは、何かが見えるからです。

そしたら、少なくとも、ぼくの動画を見る人の目には、光が宿るかなと。

欲望の光ではなく、希望の光が。

 

そう言ったことも全部込み込みで、

釣りを釣りとせず、農業を農業とせず、DIYをDIYとせず、

ドローンを、ミニ四駆を、音楽を、、、

いろんな対象を「限界突破した視点で取り組む」背中を見せることで、

「あー、、これが“自分らしさ”に至る」ってことか、と、

「あー、こうやって、こだわりをこだわりとしない世界に至るのか」と、

感じる場を創ろうと思い、動画を作っています。

そして、1人でも多くの人が、ぼくと直接関わらなかったとしても、想いを継いでくれたら、それ以上ない幸せだなと思うから、ですね。

で、もし、直接関わりたいって人への入り口でもあり、また、より、ぼくの思考の深い学びでもあり、、、そんな入り口としてオンライン寺子屋(メルマガ)をやる。

それが、ぼくの「届け方」です。

今まで書いてきたことも、個人的には「序の口」なんですよね。

学歴・稼ぎ・セラピーなど以外についての視点であり、人生の軸とすべきことについて、理解した方が『この瞬間の一手の精度』が上がるし、そもそも、未来につながる努力・時間と、繋がらない努力・時間との区別など、つけて欲しいなと思うから、オンライン寺子屋(メルマガ)をやっているわけです。

→ オンライン寺子屋(メルマガ)への出席登録は、こちらから。

 

ま、トータル「寺子屋×エンタメ」の二輪ですね。

考えはじめて、はや構想3年。

ようやくぼくの理念・価値観を『ぼく以外』の人間が語れる場が出来つつあります。

だから、今回決行します。

 

題して『淡路島よかろーもん』。略して「あわよか」。

このタイトルで、YouTubeチャンネルをやっていきます。

見てもらったらわかりますが、

完全にとある釣り系YouTuberさんのオマージュです。

いわば、ファンチャンネルみたいなものです。

世界観については、とある釣り系YouTuberさんから頂いた以上、これから『淡路島よかろーもんのYouTubeチャンネル』が育った先も、このYouTubeチャンネルでアドセンス(広告)を貼ることはしません。

 

それより、ぼくらの活動を通して「とある釣り系YouTuberさん」のチャンネルへのアクセスが幾分かでも伸びたらいいなーって思ってすらいます。

それくらい、かなりのリスペクトが入っていますが、とはいえ、ただ単に趣味でやっているのではなく、ぼくらの内容もかなり『ガチ』で考えています。

少なからず、1人でも多くの人の「転機」が作れたら、、、この上ない喜びです。

ぜひ、見てみてください。

専用チャンネルは、近日UPします。

特設サイトも作りました。

 近日公開

 

 

諸々、オンライン寺子屋は、かなり意義があるので覗いてみてください。

内容としても、日本の最高峰大学の首席の人(実際の知人)の落とし穴の話など、結構レアな話を盛り込んでます。

オンライン寺子屋(メルマガ)だけの特典として有料で配布している教材を無料でお届けしたり、動画教材もしっかり用意しながら、初心者の人にもわかりやすくまとめたつもりです。

【 注意 】オンライン寺子屋(メルマガ)では最初の1通目で、特典を3つほどお届けします。確実に確認してください

→ オンライン寺子屋(メルマガ)への出席登録は、こちらから。

 

PS:寺子屋に登録される際『Gmail』をお勧めしています。

Yahoo、各社キャリアのメールは、届かない可能性があるので、お手数ですが、Gmailで登録したか、確認をお願いします。

また、見落としがないように「Gmailの中で、振り分け設定」をすることをお勧めします。

そちらは、「Gmail 振り分け設定」と調べたら出てくると思うので、忘れずにどうぞ。

 

PS2:余談ですがぼくが「結局、人が大事なんだ」と気づくまでの過程を、他の記事からも、ぜひ感じてみてください。

2つの記事を紹介しますね。

1:物事の見方を変えると世界が変わることが学べる記事

(内容)職場、家庭、学校など「人との関わり」に悩みを持つ原因について書いた記事です。

人間関係に亀裂が入る原因の多くが「お互いの正義感のズレ」なんですよね。これが「共に仕事ができない人とは、そもそも人間関係が構築できない、と、話した理由です。

つまりは「価値観の違い」ってことですね。その「視点」について書いています。

 

2:最強のジェダイ、アナキンから学ぶ強さの定義と、自分の中身の磨き方

(内容)「他者からどう思われるか気になる」そんな人に向けた記事です。

過去のぼくと同じように、、

・自分のことを見て欲しいがために、誰かの期待に応えようとしてしまう
・弱い、不安な自分を出したら、幻滅されそうと思う
・劣等感で自分が嫌いになる

などなど、あげたらきりがありませんが、いろんな理由から「人目を気にして、思ったことを言えず、自分を押し殺してしまう」そんな人への記事です。

こちらは「悪」という単語の成り立ちなども通しながら、話しています。ぜひ、見てみてください。