通帳残高が減るのが怖い。
「普通」から外れるのが怖い。
そんな過去の私のような人へ。
給料日。
通帳の数字は、確かに増えている。
でも、私の心はちっとも「自由」になっていない。
むしろ、数字が増えれば増えるほど、
「この数字を守らなきゃ」
「これを減らすようなことは絶対にしちゃいけない」と、
何かに縛られる感覚が強くなっていきました。
これって、すごく不思議だと思いませんか?
お金があれば、好きなことができるはず。
お金があれば、嫌なことを辞められるはず。
そう信じて、必死に家計を切り詰め、残高を積み上げてきたのに。
現実は、貯金額が増えるほど、「今の生活(収入源)」への依存度が上がっていく。
「もし明日、この仕事がなくなったら、この積み上げが止まってしまう」
「もし失敗して、この数字が減ってしまったら、私は終わりだ」
世の中は、「貯金こそが正義だ」と言います。
「1円でも多く、1日でも早く、資産を積み上げなさい」と。
「贅沢せず、NISAや投資にまわして、将来に備えなさい」と。
でもそのたびに、世の「普通」を選択するたびに、「今の私」がつらくなっていく。
最近になってようやく気づき始めたんです。
私たちが本当に欲しかったのは「数字」そのものではなく、
その数字を使って「何でも選べる自分」だったはず。
「普通」というレールに乗っていれば、目的地(安心)に着けると思っていたけれど、実はそのレールがどこに向かっているのか、誰も教えてくれない。
もしかしたら、レールそのものが途中で途切れているかもしれないのに、私たちは「みんな乗っているから」という理由だけで、降りる勇気を持てずにいる。
私も、ずっとそうでした。
レールから外れるのが怖くて、必死に「普通の人」のフリをしてきました。
でも、本当の恐怖は「レールから外れること」ではなくて、
「レールの行き先が崖だと気づいた時に、自力で飛び降りる筋力が残っていないこと」なんじゃないか。
そう気づいたとき、私は初めて「自分を鍛えなきゃ」と心の底から思いました。
それは、特別な才能を開花させるとか、大成功を収めるとか、そんなキラキラした話じゃありません。
もっと泥臭く、もっと切実に。
「世の中の仕組みを理解して、自分の足で立ち位置を決められるようになる」ということ。
今までの私なら、副業とか起業なんて、どこか別世界の「特別な人」がやる怪しいことだと思って避けていたでしょう。
でも、今の私にとっては、何もしないで「普通」を演じ続けることの方が、よっぽど怪しくて、よっぽど怖いんです。
「普通でいい」という願いは、謙虚なようでいて、実は一番の思考停止だったのかもしれません。
そう思うようになったのは、そして、今の何も持っていない自分でも、今からでも変われるかもと思ったきっかけ。
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