生き方

機能美と自然美。未来に目指すべきはどっちか?

僕は毎回メルマガでも、

  • 今後はアートが重要
  • 生き方も、働き方もアート
  • 自分の人生を生きるには美学が重要だ

という話をよくしてるのですが、ではアート的とはなんだろうか?という疑問が湧きますよね。

アートといえば絵とか音楽とかそっち系が連想されるわけだけど、生き方のアートとは?働き方のアートとは?

それを理解するためには、機能美と自然美という2つの美を理解する必要があります。

今回の記事では、この2つの違いと、どっちを目指すべきなのか?とまとめます。

機能美と自然美とは?

これは現代にある2つのアート性です。

まあ解釈は人次第ですけど、僕はこの2つだと思うわけで。

機能美とは?

ググるとこうでてきますね。

建築・工業製品などで、余分な装飾を排してむだのない形態・構造を追求した結果、自然にあらわれる美しさ

すごく端的にいえば、人工的な美しさってところでしょうか。

デパートとか、計画都市とか、そういうの。

現代は、ほぼこれでできてると思います。
街の開発計画、建築物、服、サービス全体が、機能美。
無駄を省いて、機能的価値を追求した美しさ

ある意味音楽でも同じで、これは純粋なアートかと思いきや「カノンコード」などがあるように、実は商業的に売れるように整えられた機能美であることがほとんどです。

言い方を変えれば、作り物であり紛いものともいえます。

自然美とは?

これはまあイメージしやすいですよね。
文字通り、自然な美しさ。

山の頂上から見た景色だとか、星空だとか、海だとか、宇宙から見た地球だとか、自然公園だとかにある美しさ。
人の加工が入っていない、ありのままの、偶然や奇跡的な確率によってもたらされた美しさ。

まあもちろん、この世の中、地球が人またはそれ以上の高次存在によって設計された可能性もあるので、僕らのみる自然美が本当に自然か?はわかりませんけど。

まあ、宇宙や地球が自然発生したと仮定して、その中の自然発生した美しさ、ですね。

これ自体も、フィボナッチ係数などで数字として分析はできつつも「なぜかそうなる、なぜか美しい」という、摩訶不思議な美。

機能美と自然美、どちらもバランスの上に成り立っている。

これは実際のところは優劣はありません。

どっちもないと今の僕らの生活は成り立たないし、スマホとか、こういうのは完全に機能美の世界ですし。インターネットだってそうです。

いわゆる陰陽和合ってやつで、どっちも調和させることが大事なものであるわけです。

機能美がすぎると、メカニックやサイケデリックな世界になりすぎて、それは生物にとっては最適かといえば微妙です。

かといって、原始時代のような状態だと、特に現代人は生きていけないでしょう。純粋に不便だし、医療も何もないわけです。

しかし、この陰陽和合は崩れつつあります。

2020年現在、機能美が優遇されすぎている

まあこれは周りをみればわかりますよね。
テクノロジーは進化しつづけ、便利になっていますが、ナチュラルなものはどんどん削られていきます。

陰陽和合はエネルギー保存の法則と似ていて、その和、つまり最大値はかわりません。
あくまでパイが多くなったり少なくなったりで揺らいでる感じです。
機能美がパイを増やすほど、自然美のパイは減ります。

人類の文明発達が進むほど、自然がなくなっていったことがそれを証明してますよね。

その仮定でいくと、現代は機能美を重視しまくりですよね。

今後、AIやVR、ARなどが発達するほど、SF世界のようなTHE・機能美の世界が待っています。

もしかしたらですが、本当の海というものはなく、電子世界のbitで作成された海しかなくなるかもしれません。それは果たして海と呼べるのでしょうか?

もちろん、今僕らが見ている海も、もしかしたらその可能性はあるわけで。認識できませんが。

食物も、人工種や遺伝子操作でどうともできるようになっている時代です。スーパーに並んでるものは、自然な食べ物ではないかもしれません。

今後は、SEXなしで子供が産めるようになるかもしれません。
事実、試験管ベイビーもいるくらいなので、倫理観をはずせばそれは可能だと思います。

このままいくと、自然美はほぼ完全に失われていくのではないか?という時代です。

だからこそ、僕らは自然美を追うべき

陰陽和合的に、いきすぎたものは揺り戻しがあるものです。

このまま文明が発達し、機能美の世界になった場合、その反動で自然美に戻そうとする見えない力が働く可能性があります。

温暖化が進めば、氷河期が訪れるように、
暑くなれば汗をかいて冷やすように、
振り子のようにいったりきたりするのが、自然の法則。

今は機能美の世界なので、これがいきすぎたとき、間違いなく自然美に戻る動きが始まるはずです。

それが災害なのか、人の興味がそっちに向くことで訪れるのかはわかりません。
でも共通してるのは、揺り戻しがあることは間違いないってことです。

事実、現代ではキャンプや旅がはやっていますよね。
これは人の自然美を求める欲が強くなってきていることの現れといえます。

今後「人として自然か?」の視点がメジャーになることは間違いないです。

働き方も、今の働き方が自然美的かといえば、ちがいますよね。
機能美的です。自然な働き方とはなんだろうか?という意識が確実に芽生えます。

とりあえず、毎日同じ時間におきて、同じ服着て、満員電車に乗って缶詰になって仕事するのは自然美ではないですよね。(会社員をディスってるわけでなく、自然か?って話)

そうかんがえると、働き方も自然な美しさが求められるようになるのは自明の理です。

そして、機能美に全振りしてるビジネスよりも、もっとアート的な活動や、自然美的なものが評価される時代が間も無くくるはずです。

だから僕は、農家のお手伝いだったり、純粋なるアートとしての音楽だったり映画だったりをやってます。

そこに機能美はなく、自然美を追求しているわけです。

そして、少しずつ僕や僕の周りでは、機能美的活動からシフトしてる人が増えてます。
僕の周りは、王族騎士などが多く、わかりやすくいえば意識が高く、思考レベルの高い人んばかりです。

その層がそっちへシフトする意味を考えてみてほしいです。

あなたのやってる仕事や生き方を客観的に見て、どうしたら自然美的になるか?を意識して今後の人生をかじ取りするといいのでは?と思います。