生き方

この世にヒーローはいない。だから、ぼくらがヒーローになる。

 

正義と悪、光と影、陰と陽。
物事には、常に2面性があります。

それは、ぼくらの日常も同じです。

ある人にとっては、常識でも、
もう1人の人にとっては、非常識なことかもしれません。

喜びと悲しみ、
愛と憎しみ、
誤解と理解、
色んなぶつかり合いで、
ぼくらの日常は構成されています。

そんな「ウラとオモテ」があるこの世界で、
ぼくらはどう生きていくか。

どう、自分の理想を叶えていくか。

どう、自分の未来を、
自分の大事なひとの未来を、
豊かなものにしていくのか。

「プロとしての大人学」という学問が仮に存在するとしたら、
ぼくは、その学問に10年近くの歳月を費やしてきました。

その経験を元に、
生き方について考える機会にして欲しい。

人生の表と裏を考えて、
迷いなく未来に進める機会にして欲しい。

そんな想いを込めて、
この記事を書いていきます。

あなたは、いま、どんな事を感じて、
日常を送られているでしょうか。

また、この記事を見て、
どんな事を感じているでしょうか。

社会貢献、
ボランティア、
次の世代にいい地球を。

こう書いた時、共感する人もいれば、
偽善だと感じる人がいる
事を、ぼくは知っています。

正直言って、過去のぼくは、
斜に構えた考え方を持っていました。

月日が経ち、

苦い経験も辛い経験も、
多くの仲間との出会いと別れも、
数多く経験し、

今、ぼくは、社会と共に成長していく、
先ほど書いたことを、

全て「素で実行しようとする」、このスタンスになりました。

このページでは、そんな経験と変化を元に、
ぼくら大人の在り方についてのメッセージや、
次の世代に向けてのメッセージ、
そんな、いろんな「想い」を、

1人の大人として、
音楽人として、
事業家として、
本音で綴っていきたいと思います。

Chapter1:モノゴトの2面性

次の世代にいい地球を。
そう叫ぶ人は、案外たくさんいます。

残念ながら、その中には、
偽善で言っている人もいるし、
パフォーマンスとして言っている人もいます。

それは、教育も、事業も同じです。

自分のイメージ戦略として言葉を選び、
イメージ戦略としてメディアへの露出をしている人がいます。

これは、解説者も同じです。

テレビを通して、
色んな事を解説する人の中には、

実際に現場で行動して、
心を尽くしている人もいれば、
そのように「見せている」だけの人もいます。

また、そのスポンサーも同じです。

番組は、いろんな人の「狙い」が絡み合いながら、
構成されている事をぼくらは、忘れたらいけません。

当然ながら、SNSも、ブログも同じです。

インフルエンサーや、ブロガーは、
広告案件で生活をしていますし、

そもそも、個人の「発信力」が求められる背景には、
テレビなどのマスメディアの力が落ちた事がキッカケであり、
そこには、当然ながら利権が絡みます。

つまり、商品が欲しいと思わされる「仕組み」が、
ありとあらゆる場面で「設置」されているわけです。

だから、当然ながら悪用して、
粗悪品を売り捌く個人も存在するわけです。

と、こう書くと、
夢も希望もなさそうな、
そんな時代に見えますよね。

実際、そうだと思うんです。

ぼくらが「価値観」を磨かない間は。
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄

あとで、しっかりと解説しますが、
ぼくらは「価値観」こそが大事だと、
気付いて欲しいなと思っています。

多くの人は、行動した結果で一喜一憂します。

でも、その行動の前には、
行動の判断基準があり、

その判断基準の前には、
その人の哲学があり、

その哲学の前には、
価値観があるわけです。

つまり、豊かな人生を送りたいと願うなら、
「価値観」を、磨くべきだ。

そう、ぼくは感じます。

そして、この視点になった時、
ぼくらは“間違った価値観”と言っても過言でない、、、

それくらい「歪んだ価値観」で、
「人生の選択肢」を選び、
「日常を送っている」事に気づけると思います。

例えば、企業が健全かどうかの判断。

これは、その企業の収支がメインであり、

ぼくら一般人は、
その企業がどれだけの社員を雇えるか、
大事にできるか。ここが判断基準ですよね。

投資家の判断も、
どれだけの利益がそこから得られるか。

ここがメインになります。

これが、正しいか間違ってるか。
あなたは、どう思いますか?

例えば、これらの判断を、
「社会から人生を担保される人」としては、
ある意味、正しいんですが、

「未来の選択権を自分で持つ人」としてなら、
ある意味、間違っている可能性があるわけです。

それはなぜか、わかりますか?

では、企業の「モラル(倫理観・道徳意識)」の視点から、
そして、ぼくらの生活の視点から考えていきましょう。

例えば、ぼくらの生活。

ゴミなどが散乱して、
家族の誰もが掃除をしようとしない、

また、そもそも、散らかさないで済むような配慮を、
一切しようとせず、誰もがやりたい放題の家に住んでいた場合、
豊かな日常を送る事は厳しいのは、理解できると思います。

ここには、何が必要ですか?
ハウスキーパー?
お金?

もちろんそれらも大事かもしれませんが、
そもそも、モラルが大事ですよね。

それと同じです。

100年後の地球、
1000年後の地球、
100万年後の地球のために、
ぼくらが何をできるのか。

また、1年後の地球を、
1ヶ月後の地球を、
明日の地球を、
より住みやすいものにするために、
そして、命の彩り豊かなものにするために、
やっぱり、モラルって大事なわけです。

決して、ボランティアの人たちを
不要と言っているわけではないですが、

そもそも、最初から汚さなかったら、
汚さない様に気をつけていたら、
不要な未来もあるかもしれませんよね。

そんな未来を、仮に叶えられるとしたら、
それは、多くの人が「見えない所にまで心を尽くせる」世界だということです。

と言うことは、現状よりも、
「地球全体の総幸せ量」が増した、
素敵な未来だと言えるのではないかなと、思います。

そのために、
企業の倫理観・道徳意識は、大事だし、

そこの大事さが「常識」で本来あるべきだし、

だから、ぼくら個人の倫理観・道徳意識は、
日常生活に染みついているべきだと思います。

そして、これらの事が、何一つ欠けてもダメなんですね。

でも、、、今の「常識」は真逆で、

これらは「めんどくさいこと」
「偽善」「後回しにすること」とされ、

ぼくらの日常は「なるべく楽なこと=いいこと」とされています。

結果、ゴミで汚れた地球が日々更新され、

なるべく「社会を攻略しよう」とする思考で、
ぼくらの日常も満たされています。

だから、売っているものが粗悪品なのに、
イメージ戦略として、隠れ蓑として、
倫理観・道徳意識の大切さを唱える事が「可能」になっているわけです。

では、どうやって見抜けるのか。

これに「答え」なんて存在してません。

ただ1つだけ「答え」があるとしたら、
それは、ぼくらが人間性を上げ、モラルを上げることです。

高い人間性を持つから、自衛ができる。
高いモラルを持つから、未来の地球をよりいいものにしていける。

地球の歴史に比べたら、
人間の歴史なんて一瞬にすぎません。

あと1年後、地球は存在しているでしょうが、
その上に、ニンゲンという種族が存在していない可能性だってある事を、
ぼくらは、忘れてはいけません。

高い次元の精神世界が、ぼくらの中にあるから、
発信者の「魂と行動と言動の一体感」の具合に気づけるわけです。

つまり、見抜けるわけですね。

これしか方法がないし、
その次元に自分が到達するから、
大事な人のヒーローになれると、ぼくは考えています。

Chapter2:ヘンシンの2面性

これは、エンタメにも通じます。

映画、ドラマ、漫画、アニメ、ゲーム、
色んなところで「エンタメ」が存在しています。

そして、その中では色んな主人公が、
泣き・笑い・人との出逢いを繰り返しながら、
華々しい活躍を繰り広げています。

そして、そんな彼らを見て、
ぼくらも、泣き・笑いながら、
心を奪われていくのです。

でも、なぜ、ぼくらはそうまでもして、
エンタメに心を奪われるのでしょう。

ここには、色んな理由があると思います。

例えば、「日常生活での不可能」が、
エンタメの中では可能だ。とかですね。

でも、個人的には、その「擬似体験」こそ、
最大の心を奪われる理由だと感じます。

それは、ぼくらの日常生活が、

満員電車、
残業、
会社の同僚、
学校の宿題、
将来の不安、、、

ありとあらゆる「色あせる要素」で、
埋め尽くされているからです。

仕事を辞めたい、
今の家庭の中のでの役割から解放されたい、

そんな「逃げたい」という欲求と隣り合わせなのに、
でも「逃げられない」、、、現状。

だから、ぼくらは心の中で「変身」できる、
疑似体験を求めるんだと、そう感じます。

また、そんな世界で「常識」は作られていくので、
尚更の事「倫理観・道徳意識」は、
「偽善」に感じやすくなっているわけです。

だって、そうですよね。
必死に「自我」を維持するために、
ストレス発散しているのに、

そこに「思考・忍耐」を更に求めるものがあれば、
自我が保てなくなる可能性がありますよね。

こうやって、より「都合」がいいものが、
サービスとして「ウケる」状態が作られているわけです。

例えば、マッチングアプリもその1つだし、
添い寝だけの友達も、まさにそうです。

コンビニもファストフード、
見渡す限り「ニンゲンにとって都合の良い」もので、
街は埋め尽くされています。

そして、何かしら「思考」しないといけないものは、
・怪しい
・めんどくさそう
・やりたくない
と感じ、どんどん後回しにされるわけです。

それは、この文章もそうです。

ここまでたどり着くまでに、
大多数の人が、離脱しているはずです。

しかし、思うんです。

「それだと、自分の人生を守る事はできない」とね。

多くの人は、
めんどくさい事を後回しにし、

手の上に乗せられるだけの幸せを、
なるべくこぼれ落ちないようにして、
堅実に生きようとします。

それが「幸せを守る守備の人生」だと信じてね。

でも、それって、
果たして本当なんでしょうか。

「人」を「良」くする「事」と書いて、食事なのに、
それを体現する方法を一切知らず、食べつづける現状も、

幼少期に描いた夢を諦めて、
色あせた世界を「当然」だと認識し、
その中で生きていく事を受け入れ、

「大人になったね」
と、表現されてしまう「現状」も、

全て理想の状態とは呼べないと、ぼくは思います。

誰もが人生の最大幸福を叶えられる
「在るべき状態」こそが「当然」で、

その理想の考え方こそが「常識」であるべきで、

その理想と比較した時に、いまの「現状」は、
より経済社会に「コントロール」されていると言っても、
過言じゃないと思うし、

そんな世界での常識を、
ぼくらは「常識して認識すべきではない」と思うのです。

それは、おそらくあなたも同じはず。
どこかしらで、薄らと似た感情を感じるはずです。

だから、空想の中で生まれた「物語」に、
自分の「もしも」を重ねて、心がときめくわけです。

もちろん、映画にも学べるものはあるし、
アニメにも、ゲームにも、高尚なものが存在する事を、
ぼくも知っています。

ただ、その学んだものを「実践する場」として、
ぼくらの人生があるのに、

自分の人生という「物語」のシナリオを
常識という名のゴーストライターに任せて、

セピア色にもならない、
そんな色あせた世界で、

自分の大事な人が、
「人生の主人公の役」を諦めて、
「名前もつかない住民Aの役」の生き方を選んだ時に、
「大人になったね」と言う人が多い事が、

もったいないなと、思うのです。

できるなら、

「自分ものがたり」のシナリオを、
最大限に豊かなものにするための、
ありとあらゆるシーンを彩りたい。

ぼくは、そう思います。

ただし、、、

世間は「モラル」を大事にしない企業と、

そんな企業に雇われて、
他人の日常を顧みず、
自らの手の上の幸せだけを死守しようとする人で溢れています。

だから、倫理観とか話すと、
「非常識・偽善」と捉えられる。。。

でも、それじゃあ「最大幸福」は得られないわけです。

だから、この面からも、
ぼくら大人こそが「ヒーロー」としての自分を、
倫理観を、道徳意識を育てていく。

これを第一歩として、意識すべきなんじゃないかと、
ぼくは思うのです。

Chapter3:自分の人生の主人公へ

「等身大の自分でいい」
「ありのままの自分でいい」
そんな言葉を見る機会が増えました。

また、ビジネスの世界では、
「ハッタリのかましかた」
「錯覚資産」
「ブランディング」
「セルフプロデュース」
のような「見せ方」ばかりが議題に上ります。

ぼくは、これらの根底は共通していると感じます。

それは「なるべく楽したい」と言うことです。

なるべく早く、理想を手にして
なるべく早く、苦労から解放されたい。

そう思って、お金稼ぎに走り、
なりふり構わず、未来に向かっていく。

それが、お金にベクトルが向いた時、
「ビジネス」になり、

また、お金に背を向けた時、
「等身大の〜」となるわけです。

でも、ぼくは「両方とも違う」と思います。

なぜなら、そこに「モラル」がないからです。

どんなに心を解放したとしても、
その根底にある
「価値観」が変わってなければ、
「哲学」が変わらず、

「哲学」が変わってなければ、
「行動基準」が変わらず、

「行動基準」が変わってなければ、
当然、「行動」も変わらないわけです。

そして「行動」が変わらなければ、
「未来」も変わりませんよね。

つまり、何千回と「ありのままの〜」と言ったとしても、

『常識の範疇の「大人になったね」の価値観』では、
未来は何も変わらないわけです。

そこに気づかず行動を続けた場合、
職場の中でも、
家族間でも、
恋人間でも、
友達間でも、
単なるストレス要因にしかなれません。

これは、お金でも同じですよね。

どうやって「稼ぐ」かよりも、
どんな「質」の仲間が集まってくるかのほうが、
よほど大事なのに、

そこに気づかない人ばかりです。

「稼ぐ」って大切な事ですが、
でも、最優先のことではないんですよね。

なぜなら、

どんなにお金を手にしたとしても、
価値観が育ってなかったら、
お金の根本は「単なる数字」だからです。

海外に土地を買っても、
その国から没収されたら終わりですし、

利率がいい国に預金したとしても、
その国の経済状況が変われば終わりです。

そもそも、ユダヤ人の名言で、
「土地や財産は奪われても、知識と人脈は奪われない」という言葉があるとおり、

どんなに稼いでも、

どんなに有名になったとしても、

そこに100億円、100兆円、
数多のお金を手にしたとしても、

それは一瞬で消え去る可能性があるわけです。

だから、未来の「最高のリスクヘッジ」は、
「最高の仲間」と繋がることであり、
「最高の仲間」が集まってきたくなる自分である事なわけです。

だって、そうですよね、

ぼくらが経済的に大成功したとしても、
そのことがキッカケで、子孫が争う可能性があるなら、
それは「豊か」とは言えないですよね。

だから、この面からも、
どんな価値観で、どんなモラルで、
ぼくらが生きるのか。この視点が大事だと思います。

だから、生き方であり、心の在り方が大事。
そう思うのです。

多くの人は、
「大変な現在」

「大成功して、幸せに暮らしましたとさ」
のような、見開き2ページのような人生を求めます。

でも、それはモラルも何も伝えられない、、、
つまり、豊かな人生ではない。

ということは、ここまで読んだ人なら理解できると思います。

だから、価値観を、モラルを、
より引き上げるための学びが必要になってくるわけです。

ぼくが、音楽を通して、
アートを通して、
講演活動を通して、
メルマガを通して、

社会貢献の大事さを、
価値観・モラルの大切さを伝えているのは、
上記の理由があるからです。

ぼくら大人は、目の前の事だけじゃなく、
せっかく生きている「家」、つまり地球を、
よりいい状態で、保ち続けないとダメだし、

ぼくらの家族は、
1000年後も、ずっと続くのに、
なぜか、ほとんどの人が、自分の子ども・孫くらいしか意識しない、、、

つまり、やっぱり「目の前」の事しか意識しようとしない、、、

そんな「直近しかみようとしない主義」から、卒業すべきだと感じます。

未来の事って、考えるのは凄く大変です。

でも、だから「愉しい」んです。

ぼく自身も「楽(らく)」な道に走った経験もあります。

でも、それはやっぱり「楽しく」はないんですね。

あったとしても、
多少自慢して、オラついて、終わり。みたいな。

2・3回やったらすぐ飽きる。
それが、「楽」を意識した生き方です。

そこには、モラル、ないですよね。
つまり、その生き方だと、
大事な人に誇れる背中が作れない、、わけです。

じゃあどうしたらいいのか。。。

その答えが、「愉しさ」です。

人間的に成長し、
自分の背中で語れる自分になるからこそ、

心が震える「愉しさ」があるわけです。

ぜひ、その未来に、
共に進んでいけたらなと思います。

先ほどもちょっと触れましたが、
ぼくのメルマガでも、そのような「価値観」を、
「現状維持のプロ」ではなく、
「道を切り開くプロ」の大人として、
どんな考え方をしたらいいのか、

そんな事をお届けしています。

参考に、1つ動画を公開しているので、
見てみてください。

メルマガで届く内容は、
この動画と同等以上の内容を、お届けしていきます。

メッセージの中に書いた通りですが、
5日間無料でお届けしていくので、興味があるひとは楽しみにしていてください。

また、5日間の講座後も、たまに動画をお届けしたり、
価値観が育つ内容をお届けしていくので、末長く共に成長してける関係性になると嬉しいです。

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