お金について

人生はお金じゃない。だけどお金が必要という現実と向き合う

お金がないと生きていけないのが現代社会です。
病院に行くにも、ご飯を食べるにも、住むにも、お金が必要です。

「稼がなきゃ生活できない・子どもを育てられない」といいますが、いざ稼いでいる人の話になると「金の亡者」と見下して軽蔑するのはなぜでしょう?

事実、お金がないと、奪われることが多いのです。

教育を受ける機会も、自己決定する機会も奪われます。否応なしに選択肢が減るのです。

自分の人生を豊かにするために、お金のことを真剣に考えてみましょう。

人生はお金だ。 現実問題として、生きるのにはお金は必須

ある平均的な家族の生活です。

夫・妻は会社員で、子どもが2人います。子どもは中学生と高校生、進路を考える年頃です。

希望校合格を目指して、進学塾に通って受験勉強をしています。
子どもができて一戸建てを購入し、住宅ローン、車のローンもあります。
収入は夫婦の毎月の給料だけです。

老後と何かあった時のために、会社の財形貯蓄制度のほかに毎月2万円貯金しています。これからいくらお金がかかるのかわかりません。ローンの他に、子どもの学費もかかります。

子どもがお金の話をすると、親は生活に疲れた顔で「人生はお金じゃない!お金で買えないものはたくさんある!」と怒ります。

こういう家庭っておそらく多いですよね。典型的な一般家庭像な気がします。笑

子どもはお金がないと欲しいものは買えないし、何より学校に行けないこともわかっています。お金がないのに私立医大なんていけたものではないですよね。

ある程度育つと、子供はお金がないと選択肢が限られることを感じ始めます。

また、知人が学生時代、「父親が『一番大切なものはお金』と言い切った!」と激怒してました。

でもお金がなかったら知人は進学できずにいたはずです。そのときは、就職せざるを得なかったはずです。

このように、お金がなければ、生きていけないだけでなく生きる選択肢も限られるのです。選択が限られるということは、可能性も限られていくということ。お金は、この可能性を最大化するパワーがあるんです。

それでも「人生はお金だけじゃない」「お金より大切なものがある」という考えに賛成できますか?

足るを知るのも大事だけど、清貧思想は違う

マザーテレサは「貧しい人は美しい」と言って、インドの貧困層のために一生を捧げました。

美談として語り継がれ、マザーテレサに憧れ尊敬する人は多いです。貧しい人は家族を愛し、分け合う心を持っているから美しいと言っていましたが、本当にマザーテレサの支援を受けていた人はそう思っていたのでしょうか?

マザーテレサは信仰に忠実でしたが、貧しい人たちが貧困から抜け出す支援はしていません。

その結果、貧しい人たちは支援を受け続ける生き方しかできないのです。
これは、果たして正しいでしょうか?幸せで美しいのでしょうか?支援がなくなったら、どうなるのでしょうか?

貧しいことは美しくはありません。

貧しければ争うことが多くなり、弱いものに暴力をふるい、犯罪に手を染めるきっかけにだってなるのです。

インドでマザーテレサに支援を受けていた人たちは、貧しい生活のままでいいと考えていたのでしょうか?マザーテレサの清貧思想を受け入れていたのでしょうか?

とはいえ人生金じゃない(ある人の体験談)

お金に執着しすぎて趣味と友人を失い、その上家族も失いそうな人がいました。

「母子家庭で貧乏だった」とB子は言いますが、母親は早く再婚してお金に困らない生活を送ってきました。母子家庭時代の貧しい記憶が強烈だったのか、出会った学生時代からお金に執着していました。

彼氏ができて結婚資金をためるため、高校卒業後地元の中小企業に就職します。自宅から通勤していたので、生活費を実家に入れると他のお金は自分の自由に使えました。
彼氏が仕事に慣れて二人とも生活にゆとりができたので、結婚しました。

夫が転勤族なのでB子は専業主婦になり、たまにパートやアルバイトに出かけます。

「お金がない」「うちは貧乏」が口癖のB子ですが家賃は会社負担でだ子どもはいないので、出費はそれほどかかりません。

まだ「お金をためるのは趣味」だったのでしょう。
光熱費・食費など節約して、貯金通帳を眺めるのが楽しみでした。
時間があると趣味の手芸をしていました。

時々夫とケンカしましたが、その理由はお金のことでした。夫は支払うべき費用は惜しまないと考える人です。NHKの受信料を払わないB子と夫はお金の使い方で合わないことがありました。

B子はかなりの額の貯金がありましたが、なぜお金が必要なのか聞いたことがありません。
「お金はあっても困らない」と答えるだけです。

B子に子どもができてから、お金に対する執着が強くなりました。「お金がない」「うちは貧乏」が口癖なのは変わりません。それを聞いた夫が「僕の稼ぎがそんなに少ないのか」と不機嫌になることが多くなりました。

B子は「うちの子に勉強を教えてくれない?友達だからもちろんタダでね!」といい始めました。B子の子どもは軽い障害があり、障害児手帳を持っていましたが日常生活にほとんど支障はありません。

ですが控除に詳しくなさそうな窓口では、「うちの子は障害があります!」と無理矢理障害児割引で押し通すことが多くなりました。「わからない人だと、押し通せばタダになるからね」とB子はうれしそうです。

B子の夫はお金の執着のしかたに嫌気がさして、「もうおしまいにしよう(離婚しよう)」と夫婦ケンカの終わりに必ず言うようになりました。友達はいますが社宅のお付き合いなので、社交辞令なやりとりしかしません。B子は心を許して話せる友達がいなくなり、「子どもが自立したら離婚を切り出されるかも」とおびえています。

趣味の手芸は、いつの間にか被服費を抑えるための節約術になりました。
B子はお金に困っていませんが、お金では埋められない孤立感を抱えた生活を送っています。

これって果たして幸せでしょうか?

人生において、お金は必要ですが、それにとらわれるがあまりにこんなことになっては意味がないですよね。

お金に執着するとお金以外のことが考えられなくなる

お金は必要ですが、お金だけであなたのさびしさやむなしさは埋められません。

お金に困っていなくても、お金に執着すると失うものは多いです。

お金をためること・お金を稼ぐことは悪いことではありません。

でもためたお金・稼いだお金で何をするか目的がわからなくなると、不幸になります

自分に必要なお金の額を知って稼がないと、周りから誰もいなくなり貯金通帳を眺めるだけの孤立した生活が待っています。